今回はトッテナムの歴代監督のリーグ成績をまとめてみた。
(アンドレ・ビラス・ボアス以降の監督について。データは21-22シーズンまでのもの。)
アンドレ・ビラス・ボアス
就任期間:2012年7月~2013年12月
4年続いたレドナップ政権が終了し、チェルシーを途中解任されたアンドレ・ビラス・ボアスが監督に就任する。
開幕3戦未勝利、4連勝したがその後に3連敗するなど、不安定なスタートだった。
しかし後半戦は2敗のみで、当時クラブ史上最多勝ち点72を獲得した。
翌シーズンはベイルをレアルマドリードに放出して大型補強を行う。
開幕10試合で6勝2分2敗と順調なスタートを切ったが、12節のマンチェスターシティ戦で0-6の大敗。
16節でもホームでリバプールに0-5の大敗をしてしまう。
リバプール戦後の記者会見でクラブ批判とも言えることを発言し、関係が悪化して解任となってしまった。
ティム・シャーウッド
就任期間:2013年12月~2014年5月
アンドレ・ビラス・ボアスが解任された後、トッテナムの育成の主担任だったシャーウッドが監督になる。
シャーウッドはまず戦力外だったアデバヨールを起用。
彼はシャーウッドのリーグ戦初陣で早速2ゴールを決めるなど、最終的には11ゴールを決める。
アデバヨールの活躍もあり、シャーウッドは13勝3分6敗という好成績を残した。
しかし彼の一番の仕事は、ケインをリーグ戦で起用したことである。
これまでトッテナムでほとんど出番がなかったケインは、シャーウッド時代に9試合に出場している。
33節のサンダーランド戦でリーグ戦初ゴールを決めると、34節と35節でもゴールネットを揺らした。
翌シーズン、ケインがリーグ戦21ゴールを決めることができたのは、シャーウッドのおかげかもしれない。
マウリシオ・ポチェッティーノ
就任期間:2014年7月~2019年11月
2014年7月にトッテナムは、サウサンプトンを8位に導いたポチェッティーノが新監督に就任することを発表する。
最初はハイプレス戦術をチームに浸透させることに苦戦し、90分間一貫したサッカーをすることができなかった。
10試合で4勝2分4敗と良いスタートを切ることができなかったが、ここから建て直せたのはケインの爆発のおかげだ。
ポチェッティーノは11節からケインをスタメンで起用。
ケインはその期待に応え、11~38節で20ゴールを決める。
ケインの活躍とハイプレス戦術が徐々に浸透したことで、ポチェッティーノ1年目はリーグ戦5位で終える。
2年目も、開幕4戦未勝利とスタートダッシュに失敗する。
しかし4節で初勝利をあげると16節まで負けなし、22節から6連勝を記録して順調に勝ち点を積み重ねていく。
ケインがこのシーズンも得点を量産、さらに守備面を強化(53→35失点)したことで、3位フィニッシュ。クラブ2度目のCL出場権を獲得した。
16-17シーズン、ポチェッティーノはトッテナムをもう一つ上のステージへ導く。
従来の4-2-3-1に加えて3バックシステムを採用。
ウォーカー(もしくはトリッピア)やローズがより攻撃に参加することが可能になった。
3バックも安定しており、中盤のデンベレとワニヤマのフィジカルモンスターコンビも効いていた。
戦術の幅を広げたこともあり、このシーズンはリーグ戦2位で終え、クラブ史上最多の勝ち点86を獲得した。
17-18シーズンは3位、18-19シーズンは4位となり、ポチェッティーノはトッテナムをCL常連クラブへと成長させる。
さらに18-19にはクラブ史上初のCLファイナルまで導いた。
しかしリーグ戦では16-17シーズンをピークに少しずつ成績を落としていく。
ポチェッティーノ1年目は若手中心で、運動量が求められるハイプレス戦術が機能していたが、チームの高年齢化によって、この強度のサッカーができなくなってしまった。
そして19-20シーズンの開幕戦は勝つものの、2節以降は中々勝ち点を積み上げられなかった。
そして12節終了後に解任発表があり、ポチェッティーノ政権は幕を閉じた。
ジョゼ・モウリーニョ
就任期間:2019年11月~2021年4月
ポチェッティーノ解任後、すぐにスペシャルワンがトッテナムの監督に就任する。
その後5戦で4勝1敗とチームの立て直しに成功するが、ケインの負傷離脱で失速してリーグ戦6位で終える。
2年目はモウリーニョの代名詞である堅守速攻で勝ち点を重ねていく。
先制したら守備ブロックを形成し、相手にボールを持たせる状況を作って、相手を優位な状態にさせない。
ボールを奪うと、ケインとソンのコンビネーションで追加点を狙う。
モウリーニョの戦術がうまく機能し、一時期は首位に立つが、リバプールとレスター戦で2連敗した頃から歯車が狂い始める。
シーズン後半は守備面が不安定になり負けが多くなってしまった。
そしてELで2-0からまさかの3失点でベスト16で敗退し、チームの雰囲気が最悪になってしまう。
モウリーニョはこの状況を改善することができず、32節終了後に解任となる。
ライアン・メイソン
就任期間:2021年4月~2021年6月(一度目)
2023年4月~2023年5月(二度目)
モウリーニョ解任後、アカデミーのコーチをしていたメイソンが暫定監督として指揮を取ることになる。
トッテナム史上最年少での監督就任となり、30歳以下でプレミアリーグの監督になるのは史上初であった。
初陣のサウサンプトン戦で勝利を収めるが、カラバオカッブの決勝戦ではマンチェスターシティに敗れてしまう。
それでも暫定監督として4勝2敗という成績を残し、ECL出場権の獲得に貢献した。
その後、アントニオ・コンテが監督に就任すると、彼の下でコーチングスタッフとして活動。
コンテが解任となり、暫定監督に就任したステッリーニも成績不振でクラブを去った後に、再び暫定監督に就任する。
ヌーノ・エスピリト・サント
就任期間:2021年6月~2021年11月
2年連続CL出場を逃したトッテナム。
チーム再建のために監督探しに奔走するものの、中々監督が決まらない。
そのような状況の中、6月後半にようやくヌーノの監督就任を発表した。
ヌーノは開幕戦で前年度チャンピオンのマンチェスターシティから勝ち点3を手に入れる。
2節、3節も勝利して、8月の月間最優秀監督に選出された。
しかし、4節からのロンドンダービー3連戦で全敗。
その原因は対シティ戦の戦術を使い続けてしまったからだろう。
前線3人と中盤の3人でブロックを作り、中央でボールを受けさせない戦術はシティには有効だったが、他のチームでは機能しなかった。
その後4-2-3-1にシステムを変更したことで、アストンヴィラとニューカッスル戦は勝利を収める。
しかしウェストハムに敗れ、調子を落としていたマンチェスターユナイテッドに0-3で負けたことで、解任となってしまう。
結局ヌーノ政権は数カ月で終わってしまった。
アントニオ・コンテ
就任期間:2021年11月~2023年3月
数々のタイトルを手に入れてきたイタリア人の名将がトッテナムの監督に就任。
コンテはすぐにチームを建て直した。
過密日程で自分の戦術をチームに浸透させる時間が多くなかったにも関わらず、リーグ戦10戦負けなしという好成績を残す。
その後ホームでサウサンプトンとウルブズに敗れたり、マンチェスターシティに劇的勝利を飾った後にバーンリーに負けたりして、チームが不安定な状態に陥ってしまう。
しかし、ベンタンクールとクルゼフスキの新加入選手がすぐにチームにフィットしたこともあり、3月以降は敗れたのは2回のみ。
CL出場権をかけたノースロンドンダービーでも3-0と大勝を収めて、3季ぶりにトッテナムをCLの舞台に導いた。
コンテ2年目は開幕戦で4-1と大勝すると、9節まで負けなしと順調なスタートを切る。
その一方で、チャンピオンズリーグでは首位通過を有力視されるものの、苦戦を強いられる。
第2節は敗戦、3節は引き分けと勝ち点を積み上げることに苦労し、最終節でなんとかグループステージ首位通過を決めた。
また、リーグ戦の中盤でも勝ち点をとりこぼすことが多くなり暗雲立ち込める。
さらに、コンテが体調不良で休養となり、代わりにステッリーニが監督代行を務めることもあった。
そんな状況の中、後半戦は勝ち切れないことが増え、チャンピオンズリーグでもベスト16で敗退。
そして、降格圏に苦しんでいたサウサンプトンに引き分けたことで、コンテの不満が爆発し、クラブの上層部や選手を痛烈に批判しまう。
その約1週間後にコンテは解任となり、コンテのアシスタントコーチをしていたステッリーニが暫定的に監督となる。
しかし、ステッリーニも状況を改善することができず、その後ライアン・メイソンが2度目の暫定監督に就任し、このシーズンは8位でシーズンを終了した。
まとめ
最後に各監督の試合数、平均勝ち点、勝率を表にまとめてみた。
(メイソンとヌーノは試合数が少ないので別で分けました)
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